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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2707号 判決 1984年11月28日

控訴人 山田貞子

被控訴人 国

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、賃貸借期限昭和七二年五月一九日賃料一か月一万五〇〇〇円・毎月末日払いの定めによる賃借権(以下「本件賃借権」という。)を有することを確認する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外櫛田達義(以下「櫛田」という。)は、昭和五二年五月二〇日当時、本件土地を所有していた。

2  控訴人は、右同日、櫛田から、本件土地を申立て欄記載の約定で、建物所有の目的で賃借した。

3  ところが、被控訴人は、控訴人の右賃借権を争つている。

4  よつて、控訴人は、本件土地につき、控訴人が本件賃借権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、3の事実は認めるが、同2の事実は知らない。

三  抗弁

(通謀虚偽表示)

1 控訴人と櫛田との間の本件土地についての賃貸借契約は、本件土地に対し有限会社秦栄商事(以下「秦栄商事」というが申し立てた競売事件(昭和五二年二月二二日競売開始決定)の執行を妨害することを目的として、賃貸借の意思がないのに、締結された通謀虚偽表示によるものであるから、無効である。

(対抗要件の欠缺)

2 仮にそうでないとしても、

(一) 櫛田は、昭和五五年八月一九日、株式会社山茂商会(以下「山茂商会」という。)に対し本件土地(一)を、秦栄商事に対し本件土地(二)を譲渡したが、被控訴人は、昭和五六年四月二一日、山茂商会及び秦栄商事から、本件土地を買収し、同年六月五日所有権移転登記を経由した。

(二) したがつて、控訴人主張の本件賃借権は、対抗要件を具備しない限り、被控訴人に対抗できない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

五  再抗弁

被控訴人は、控訴人の対抗要件欠缺を主張しうる正当な利益を有する第三者には該当しない。すなわち、

1  控訴人は、昭和五二年五月二〇日、櫛田から、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を買い受けるとともに、本件土地を前記約定で借り受け、同年九月六日、本件建物について所有権保存登記をした。

したがつて、控訴人は、その後に櫛田から本件土地を取得した山茂商会及び秦栄商事に対して、本件借地権を対抗し得た。

2  ところが、櫛田、山茂商会及び秦栄商事の三名は、共謀の上、昭和五六年一月末ころ、控訴人に無断で本件建物を取り壊し、本件土地を被控訴人に売却した。

3  被控訴人は、本件土地上に本件建物が存在し、右建物につき控訴人が保存登記をしていることを知りながら本件土地を買収し、また、遅くとも昭和五六年六月一日までには、控訴人及び当時の控訴人代理人であつた佐々木元雄弁護士の説明によつて、右1、2項記載の事情を知るに至り、控訴人に対し、紛争解決まで買収手続を進めないことを約して安心させ、控訴人において考慮中であつた本件土地についての処分禁止の仮処分の申請を断念させた。

4  しかるに、被控訴人は、同月五日、「借地権等の問題が生じた場合には私共で一切の責任をもつて処理する」旨の山茂商及び秦栄商事連名の「念書」(乙第二号証)を徴しただけで、櫛田からの事情聴取も、控訴人に対する通知・照会もせず、本件土地につき前記所有権移転登記手続を強行した。

5  以上のような経緯によれば、被控訴人が控訴人の対抗要件の欠缺を主張することは権利濫用であり、被控訴人は対抗要件の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者ではないというべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実中、控訴人が本件建物につき昭和五二年九月六日所有権保存登記をしたことは認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実中、被控訴人が本件土地を買収した当時、既に本件建物は取り壊されていたことは認める。

3  同3の事実中、昭和五六年六月一日、控訴人らから説明を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実中、控訴人主張の念書を徴したこと、登記手続を経由したことは認める。

5  同5の主張は争う。なお、正当な利益を有する第三者か否かを判断するについては、被控訴人が山茂商会らとの間で買収契約を締結した時点以前の事実を基礎とすべきであつて、それ以後の事情は考慮すべきではない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、3の事実は当事者間に争いがなく、証人櫛田達義の証言により成立を認める甲第四号証(ただし、公証人作成部分の成立については争いがない。)、第五号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第四号証、証人山田秀臣及び同櫛田達義の各証言によれば、請求原因2の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  被控訴人は、本件賃貸借契約は、執行妨害のため通謀してなされた虚偽のものである旨主張し、前記乙第四号証の記載及び証人櫛田達義の供述中には、これに副う部分がある。しかし、右記載及び供述部分は、成立に争いのない甲第八号証の一によつて認められる、櫛田が本件建物取り壊しについて刑事告訴されており、また、控訴人あるいはその夫である山田秀臣との間に数件の訴訟が係属している事実及び証人山田秀臣の証言に照らしてたやすく措信することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

もつとも、この点につき、証人山田秀臣及び同櫛田達義(前記措信しない部分を除く)の各証言、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第一九号証、前記乙第四号証によれば、本件賃貸借契約締結に際しては、一切金銭の授受はなく、また現金による賃料の支払もされていないこと、控訴人側で本件建物を使用した形跡があるのは、昭和五二年六月から同年一一月までの短期間にすぎず、その後は全く使用していないこと、控訴人が本件賃貸借契約締結と同時に譲り受けた本件建物は、本件土地(一)上に存し、その使用のために本件土地(二)は必要でなく、かえつて本件土地(二)上には、控訴人の所有でない他の建物が存したこと、本件土地(一)、(二)及び右(二)上に存した建物につき、昭和五二年二月二二日競売手続開始決定がされ、本件賃貸借当時その手続が進行していたことが認められる。以上の各事実によると、控訴人と櫛田との間の本件賃貸借契約は、右競売手続の進行を妨害するためにされた通謀虚偽表示ではないかとの疑念が生じないではない。

しかし、成立に争いのない甲第八号証の一・二、第九号証の一、第一七、第一八号証、証人山田秀臣の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人あるいは山田秀臣は、櫛田ないしは同人の経営する会社に対し、多額の融資をし、その最終的な清算がついておらず、本件賃貸借契約締結当時も、未返済分がかなりの額にのぼつていたことがうかがわれ、控訴人側は、本件賃貸借についての敷金、賃料等と右債権とを相殺したものとして処理していること、前記競売事件についての昭和五三年一〇月一一日及び昭和五四年一一月七日付けの競売及び競落期日公告にも、本件賃借権が存在する旨記載されていたことが認められる。これらの事実に照らせば、本件賃貸借契約は、控訴人及び右山田の櫛田らに対する債権の回収あるいはその担保とするために、真意に基づいて締結されたと判断しうる余地もないわけではなく、結局、前記認定の事実をもつてしては、未だ通謀虚偽表示の事実を推認するに足りない。

よつて、抗弁1は採用できない。

2  抗弁2(一)の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、控訴人は、本件賃借権につき対抗要件を具備しない限り、これを被控訴人に対し主張できないところである。

三  進んで、再抗弁について検討する。

控訴人が、櫛田から本件建物を譲り受けたことは前判示のとおりであり、控訴人が右建物につき所有権保存登記をしたこと、被控訴人が本件土地を買収した当時、本件建物は既に取り壊わされて存在していなかつたこと、被控訴人が昭和五六年六月一日控訴人らから取り壊わされた事情等について説明を受けることは、当事者間に争いがない。しかし、被控訴人が、かつて本件土地上に本件建物が存在し登記がされていたことを本件土地買収前に知つていたこと及び控訴人らの右事情の説明に対し、紛争解決まで買収手続を進行させないことを約したことについては、これに副う証人山田秀臣の供述は措信し難く、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。かえつて、成立に争いのない乙第一八、第一九号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、河川改修事業のために本件土地を買収したものであり、したがつて、その土地上に存する物件は、移転料を補償して移転させる対象物件として処理する手筈であり、右買収にあたつて地上の建物の存否等を調査するにも、買収後除却すべき対象物の存否を調査したにすぎず、過去に同土地上に第三者の建物が存在したかどうかを調査したのではないことが認められる。

ところで、土地の売買に当たり、買主が更地で取得することを希望するときには、その地上に第三者所有の建物がある場合であると、あるいは土地につき買主に対抗できる権原を有する者がいる場合であるとを問わず、売主に、右建物を除去し、第三者の占有権原を消滅させることを約させることは、取引上許されることであり、売主がどのような手段方法でこれを実現しようとも、買主が違法な手段に加担するなど特段の事情のない限り、買主がその責めを負うことはなく、仮に買主が建物の取り壊し等が違法に行われたことを売買契約締結後に知つたとしても、そのことだけから、買主において、土地の移転登記手続を差し控え、売買契約を解消するなどして、右第三者に損害が生じないようにする義務が生じるものでもない。したがつて、被控訴人が、再抗弁4記載のような経緯で本件土地につき所有権移転登記をしたとしても、なんら、控訴人に対する不信義等の問題はないというべきである。

そうすると、被控訴人が、本件賃借権に対抗要件の欠缺していることを主張する正当な利益を有しない第三者であると認めることはできず、また、被控訴人が右主張をすることが権利の濫用であると認めることもできないから、再抗弁は失当である。

四  そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結局相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 鹿山春男 赤塚信雄)

(別紙)物件目録<省略>

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